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西暦2011年、平成23年3月11日に、東北地方太平洋沖で、大規模地震が発生しました。 そのときから今に至るまでの経過と行動を振り返って、これからからどうするかを突き詰めて考えてみました。 基本的な考え方は、被災者が生活を再建しようとするとき、食い扶持を稼ぐための雇用が確保されている社会を維持していくためには どうしたらよいのかというところにあります。 |
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3月の石巻行きのあと多少のカンパをいただいたのと、被災地でも宅配便が動き出したとの情報を得たので、
微々たる支援物資ですが、とりあえず積み込んで出発しました。
(買ったばかりのデジカメだったので、日付の設定を間違えてしまいました。 出発が4月13日で、日付を設定して写真を撮り始めたのが翌4月14日からですので、2011/04/06 とあるのは、 実際は、2011/04/14 のことです) 前回、石巻のときのようなはっきりとした目的地はありません。 とりあえず被災地へ、出来るだけ北上してそれから南下しようと考えて車を走らせていました。 岩手県に入ったところで、出掛けに調べておいた宅配便の岩手県のセンターに電話をしました。 北上金ヶ崎PA からでしたが、センターは北上市にあるとのことで、直ぐに高速道路を降りて向かいました。 宅配便の情報 宅配便のセンターでいろいろ情報を得たあと、夜も更けたこともあり、ここから一番近い沿岸部の被災地はどこかと問うと、 花巻市を抜けて釜石市へ行くのが一番近いとのことで、その通り向かいましたが、遠野まで来たところで休むことにしました。 行程(往路): 薬師寺~東北道~遠野市~釜石市~大槌町 行程(復路): 遠野市~釜石市~大槌町~釜石市~(大船渡)~陸前高田~気仙沼 |