行動し、考えるためのヒントについて

輪行 遠野~大槌町 2


 西暦2011年、平成23年3月11日に、東北地方太平洋沖で、大規模地震が発生しました。
 そのときから今に至るまでの経過と行動を振り返って、これからからどうするかを突き詰めて考えてみました。
 基本的な考え方は、被災者が生活を再建しようとするとき、食い扶持を稼ぐための雇用が確保されている社会を維持していくためには どうしたらよいのかというところにあります。



11月3日~5日

11月の連休を利用して、前回9月と同様、遠野にあるボランティア組織「遠野まごころネット」に参加して、大槌町に入って活動してきました。
遠野まごころネット

1日目: 自治医大駅~東北本線~花巻~遠野
2日目、午前: 遠野(遠野まごころネット)~大槌町~ロータリー花壇
2日目、午後: 大槌北小学校(見学)~遠野(遠野まごころネット)
3日目: 遠野(遠野まごころネット)~遠野駅~花巻~東北本線~自治医大駅

この日は秋の連休とあり、見慣れぬ快速列車がありました。
もしかすると、あれに乗れたのかも?


秋の気配がすっかり漂っています。
釜石線もいいのですが、小牛田から一関あたりの東北線沿線も
都市近郊にはない伸び伸びとした風景が楽しめます。

前回9月に来た時とは打って変わって、遠野の朝の冷え込みは格別です。
沿岸部はそれほどではないのが幸いです。

今回我々のチームの作業は、大槌町の入口のロータリーの花壇の手入れです。

写真の右端のご夫婦が、埼玉県から2日間かけて、大型トラック一杯の花苗を届けてくれました。
その苗を植えるのが我々ボランティアの仕事です。
そういえば、昨年、植えたのもこのご夫婦が届けてくれた苗であるに違いありません。
大槌北小学校の時計は震災の時刻で止まっています。
希望の像は台座のみを残すばかりです。
午後は、作業の代わりに、大槌北小学校での演奏会の見学です。
地元の城山地区の虎舞いを見るのは貴重な経験でした。現時点での復興の象徴かもしれません。

津軽三味線の演奏と唄です。
風が強く観衆が少ないのが残念でした。



盛岡から来た都南太鼓の演奏です。
女性が中心の演奏でした。







城山地区はすぐ近くで、被災したメンバーの演舞にはこちらが元気づけられる力強さがありました。
獅子舞は、幼いころ門づけに来たのを覚えていますが、虎舞というのは初めてで新鮮でした。
帰りに、一緒に作業したメンバーと「ひょっこりひょうたん島」のモデルの島を見てきました。
スイス在住の日本人の方と、日本滞在7年になるスイス人の方と一緒でした。
夕方のミーティング時、大阪から来た学生の代表が感謝のメッセージを伝えていました。
話によると、今回で5度目の派遣だそうです。
となると、昨年と合わせて4度ここに来ている私は彼らと3度一緒になっています。
奇遇と言うべきか、そのことを彼らに伝えて、彼らの前途にエールを送りました。

前回来た際、入った亀の湯の中の色紙などです。
黄色い服の女性がおひとりで切り盛りしていて、ご自分でトラックも運転なさるそうです。
そのあと立ち寄った馴染みの食堂の方から聞いた話では、震災前いったん休業していたそうですが、
震災後復活したそうで、何かとご苦労もあったようです。
帰る前のいでたちです。
この朝の冷え込みは格別で、
6時ごろに起きた時には雪が降ったかのような厚みのある霜が降りていました。

今回、写真はありませんが、
9月に一緒だったI君とここに来るなりバッタリ顔を合わせて大変驚かされました。
聞くところによると、前回一週間の予定で活動したが、思うところあって、志願して希望を出したら、
それが認められて、現在は、陸前高田市の或る地区の子供たちのケアをしていて、
その日はちょうど子供たちを引率して登山をしてきたところだったそうです。
なんでまた?と尋ねたら、大学で勉強したことが活かせるからと言うのです。
同じ関西出身のU君に言わせるとI君は融通が利かないと言うのですが、
確かに、I君は関西流のボケとツッコミのような掛け合いの不得手な堅物だけど、
それがかえって子供と真正面から向き合うには長所になるだろうと励ましてきました。

U君はU君で、
それまで携わっていた仕事をやめて、もう1年以上ボランティア活動を続けている人物です。
竜巻被害の際にはリーダーとして栃木に来てくれました。
それどころか、九州の豪雨被害や彼の地元の京都の被災にも彼が派遣されています。
気負いなく何でもこなせるところは敬服に値します。

ニューヨークから来てもう一年以上もいるP君のことも欠かせません。
P君も栃木に来てくれました。それどころか、あろうことか、前回9月にここに来た際、
被災現場への往復の車中、隣り合って話した女性がP君の妹でした。
「おにいちゃん」を頼って一週間ほどここでボランティア活動をしていたそうです。
そのあと、奈良へ行きたいというので、奈良出身のI君にお勧めコースを教えてあげるよう紹介しました。

ここに来ると奇遇の連続です。
千葉の東端にある大学のメンバーとは2年連続で一緒に作業しました。
去年その際、一緒に作業したもう一人のメンバーは、地元大槌町出身の方でした。
その時作業したのは赤浜地区でしたが、彼の出身は赤浜の隣の安渡でした。

行動しなければ見えないものがある。
これは鉄則のようなものではないでしょうか。

















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