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西暦2011年、平成23年3月11日に、東北地方太平洋沖で、大規模地震が発生しました。 そのときから今に至るまでの経過と行動を振り返って、これからからどうするかを突き詰めて考えてみました。 基本的な考え方は、被災者が生活を再建しようとするとき、食い扶持を稼ぐための雇用が確保されている社会を維持していくためには どうしたらよいのかというところにあります。 |
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4月のはじめは、岩手へのボランティアを予定していましたが、石塚医師の消息を尋ねて、ひとまず、大船渡に向かいました。
1日目: 自治医大駅~一関~気仙沼~大船渡 2日目: 大船渡 3日目: 大船渡~釜石~遠野(遠野まごころネット) 4日目: 遠野(遠野まごころネット)~大船渡(三陸鉄道南リアス線開通式) 5日目: 遠野(遠野まごころネット)~大槌町・ハーブの郷 6日目: 遠野(遠野まごころネット)~遠野駅~花巻~自治医大駅(帰宅) 遠野まごころネット |
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車中風景。気仙沼に着くまで。大船渡までは遠いので、青春18きっぷを最大限活用するために、午前0時を過ぎて日付が変わってから出発します。 宇都宮駅からの始発電車のほうが、自治医大駅からの始発電車より若干連絡がいいのです。 |
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気仙沼から大船渡まではBRTという、電車の軌道を舗装した専用道路を走る専用バスが出ています。 ですが、気仙沼から陸前高田までは、一般公道を走るただのバスにすぎません。 |
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右上は気仙沼の港の風景です。 下は陸前高田の工事風景です。14mのかさ上げ工事というだけあって、大規模な構築物が稼働していて、 かの有名な、「奇跡の一本松」も陰に隠れてしまっています。(右下の写真) |
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BRTは、大船渡の盛駅が終点です。ここは三陸鉄道南リアス線の始点でもあります。 |
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宿舎についてから、石塚クリニックの跡地を探して出かけました。 |
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おそらくこの辺だろうというところでのスナップです。 |
すぐ出かけようと思ったのですが、本日、チリ地震による津波注意報が出ていて、沿岸部を走る公共交通機関はBRTもリアス線もすべてストップしています。 海には近づかないようにお達しが出ています。石塚クリニック跡は海のすぐそばです。 |
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上の写真の軽トラックの方が、ほぼ正確に石塚クリニックのあった場所を教えてくれました。 周囲360度を撮影しました。更地です。 |
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跡地の真ん中あたりで、お線香をあげ、お酒を供えてきました。
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通路を挟んだ隣に川が流れています。そこにも一献。
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直近の岸壁での360度の光景。海は静かでした。
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大船渡警察を訪ねた際、玄関先の掲示板の写真を撮ってきました。野々田というのが石塚クリニックのあった地名です。 |
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宿舎の岩手県立福祉の里センターは丘の上にあります。
岩手県立福祉の里センター
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朝、大船渡警察署に電話して、昨日不在だった担当の方に現況をお尋ねしました。4月4日現在、石塚医師は行方不明のままだそうです。 本日は午前中ほとんど雨でした。今日中に釜石を経て遠野に行く予定ですが、南リアス線で釜石まで行けるのは明日からです。 今日はバスで釜石まで行く予定です。 |
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釜石行バスの始発点、高台にある大船渡病院から大船渡市街を見渡した光景です。 バスは、午前6時20分ごろの後は、午後2時12分発です。 |
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明日から南リアス線が全線開通するので、大船渡・釜石間のバスの運行は、本日が最終日です。途中の吉浜では、記念のバスを撮影し、乗車するマニアの方が数名いました。
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無事遠野駅、遠野まごころネットに到着しました。
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