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西暦2011年、平成23年3月11日に、東北地方太平洋沖で、大規模地震が発生しました。 そのときから今に至るまでの経過と行動を振り返って、これからからどうするかを突き詰めて考えてみました。 基本的な考え方は、被災者が生活を再建しようとするとき、食い扶持を稼ぐための雇用が確保されている社会を維持していくためには どうしたらよいのかというところにあります。 |
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震災から4周年、陸前高田でのイベントの手伝いをしてきました。
1日目: 自治医大駅~花巻~遠野(遠野まごころネット) 2日目: 遠野(遠野まごころネット)~陸前高田~陸前高田(泊) 3日目: 陸前高田~遠野(遠野まごころネット) 4日目: 遠野(遠野まごころネット)~遠野駅~花巻~自治医大駅(帰宅) 遠野まごころネット 遠野まごころネットへの道順 |
青春18きっぷを使っての旅程です。 自治医大発 07:12-07:29 :17分 宇都宮 乗換(8分) 07:37-08:28 :51分 黒磯 乗換(11分) 08:39-09:58 :79分 郡山 乗換(10分) 10:08-10:54 :46分 福島 乗換(6分) 11:00-12:16 :76分 仙台 乗換(29分) 12:45-13:30 :45分 小牛田 乗換(16分) 13:46-14:32 :46分 一ノ関 乗換(11分) 14:43-15:32 :49分 花巻 乗換(22分) 15:54-16:59 :65分 遠野着 |
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遠野到着の記念代わりに吹雪の中を先発する車を撮影。 後で聞いたところでは、吹雪で前が全く見えないので怖かったそうです。 |
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なじみの食堂に寄って小腹を見たし、帰路に着くとすごい吹雪です。 容赦なく目の中にまで雪が吹き付けてくるのでまともに前が見えません。 夜も遅く人気もないので、街の中であっても、新雪に足を取られて遭難しそうでした。 |
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なんとか最終目的地の遠野まごころネットの宿舎まで無事到着しました。 これまで3年半に渡って遠野に通いましたが、一番難儀しました。 はたして無事着くのかどうか予定もつかなかったのも初めてです。 |
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(この写真1枚、まごころネットからお借りしました)
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3月11日朝、震災から丸4年目のこの日、凍てついた道を、遠野から陸前高田に向かいます。 この行程自体がすでに試練です。 朝から、というより昨日からずっと荒れ模様のお天気です。 |
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昼前に陸前高田に着きました。 キャンドルイベントの会場は2か所に分かれ、ボランティアのメンバーも2つのグループに分かれて、 準備に取り掛かることになりました。ここは元、道の駅があったところです。 |
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道路わきには追悼施設が建てられています。 今日は3月11日ということもあり、生花が献花できるように用意されていました。 |
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この辺一帯を高さ15メートルを超える大波が襲ったそうです。 道路わきの看板にその表示がありました。 陸前高田のこの辺りは14メートルかさ上げをするために、 山をけづって巨大なベルトコンベアで土砂を運ぶ大規模な工事が進行しています。 |
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高田松原の松の根元が飾ってありました。 ちなみに3年前に来た時はこうでした。
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午前中の作業は、去年キャンドル用に使ったグラス類のスス落としです。 割れたりするものもあって、地味な割には気を使う作業でした。 スス落としが終わったところでお昼です。 |
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午後からは別の会場で設営のお手伝いです。![]() 震災で亡くなった消防団員の方を追悼して同級生の方々が中心になって催すイベントです。 |
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昼間のうちは淡々と作業が進みます。 今回ここには初めての参加なので何をしようとしているのかちょっと分かりません。 |
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そうこうしているうちに被災した時間が来ました。 みな海に向かって整列し、黙祷です。 |
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だんだん見えてきました。 輝の花です。 |
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夕方、キャンドルに点灯の前にもう一度、海に向かって黙とうです。 |
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ここからは風との戦いです。 ろうそくの芯がなくて点かないキャンドルが結構あります。 |
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日暮れが進むとともにキャンドルやイルミネーションが際立ってきました。 でも、吹き消されて、また点けての連続です。 |
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ここまで来ると、なるほどこうなっているのか、と妙に得心します。 一ボランティアには結果が出ないうちは何がどうなっているのか分かりません。 |
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ろうそく点けに没頭して、本来の役割を失念してしまいました。 担当は、会場からこんな距離での、道路のコーナーでの案内係です。 ずっと立っているだけの仕事で、雪と風はますます激しくなり体は芯から冷え切って過酷です。 一緒に担当した新潟から来た学生ボランティアは、 「岩手の寒さをなめていた・・・」とボソッとつぶやいていました。 これまで震災以来、4年近く足を運んでいますが、今回ほどきつい作業はありませんでした。 普段のボランティアでは絶対に夜は外で作業しないから・・・ |
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会場の反対方向に見える夜景。 なんだか分かりますか。 山を突き崩して土盛りする土砂を運ぶ巨大なベルトコンベアが夜はライトアップされています。 昼間だけ活動する一般のボランティアには絶対に目にすることのできない光景です。 |
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そろそろ別の会場の別のチームと交代の時間です。 |
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こちらの会場は小規模ですがキュートですね。 メッセージは、別チームのボランティアに任されたので彼らの創案です。 何と書いてあるか見えますか。 「つながりを ちからに 前へ」とあります。 |
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こちらの会場は沿岸部なので、埋め立て用のベルトコンベアがよく見えます。 まるで工業地帯のようです。 |
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ここでの作業は、と言うと、あまりありません。 撤収作業までは、消えたろうそくの再点火ぐらいです。 風と雪は変わりなく吹き続いています。 カメラには写りませんが・・・ |
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午後9時を過ぎてようやく片付け開始。 われわれ遠野まごころネットのチームはどん尻まで作業をしました。 甘酒があってちょっと和みました。 これから遠野まで帰るのは不可能なので今夜は陸前高田に一泊します。 |
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このメンバーがこの部屋に一晩お世話になりました。 野外での活動で冷え切ったにもかかわらず、みなよく眠れたようです。 前日は、吹雪で到着が遅れ冷え切った体で全然眠れなかったメンバーもいたそうです。 宿舎のすぐ隣にはこんな渓流もありました。 本日の作業は、前日、急いで撤収したキャンドルやイルミネーション用のLEDを、 ひとつづつ汚れを取り、分類し、整理する作業でした。 地味ですが、こうして昨夜のイベントを支えているんだなとよく分かる作業でした。 |
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「菊池畳店」とあるのは、昨晩お世話になった家で、 この家の息子さんが震災で犠牲になった消防団員の方で、 昨夜の光のイベントのきっかけになった方です。 |
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昼食後の一コマ、ここから福井へ直帰するメンバー、 さらに続けて陸前高田で他の農業支援のボランティアに参加するメンバーと、 これが最後の記念撮影です。 ここには中学生もいるんです。 どうだった?って聞いたら、 本当にボランティアした気がしたって言ってました。 |
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遠野はすっぽりと雪の中、 沿岸部とはまたまったく違った世界です。 このコントラストが、遠野まごころネットに参加してボランティア活動する 味わいの一つになっているのかもしれません。 |
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遠野まごころネットの宿舎にあった新聞から。 昨夜のイベントの記事も載っていました。 |
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一番電車に乗るために、まだ寝静まっているうちに宿舎を後にします。 新雪を踏んで道を急いでいると、すでに雪かきをし終えた家もあり、 雪国の苦労がおのずとしのばれます。 |
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遠野駅は雪の中。 今日は順調に旅が進むことを祈ります |
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花巻駅も雪の中です。 この日は、平泉あたりが雪国との境でした。 午後4時ごろ、無事自治医大駅に到着しました。 |