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始発の上野行きで出発しました。
あとから気が付いたのですが、湘南新宿ラインで東京を通過したほうが、大荷物の時には楽です。
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朝の登録受付風景です。登録は8時半からです。登録を済ませると、待機場所に移り、名前を呼ばれるまで待ちます。登録用紙がグループ分けの基準になります。
この辺のやり方、初日と次の日では違いました。二日目では、登録用紙に通し番号がつけられ、登録後、登録用紙を持ったまま、待機場所に移って、待ちます。
グループ分けは、何番から何番までの人、このグループ、といった具合に決めると、そこで登録用紙を回収し、グループのリーダーを決めます。
グループが決まると、スコップなどの資材を積んで出発です。
写真中央の背を向けている人物は伊豆から車で来たそうで、昨年夏の秋田新幹線が止まった東北の水害の際、岩手県雫石町で1か月ほどボランティアをしていたそうです。
雫石町の災害ボランティアセンターの様子など、お互い経験しているので話がよく合いました。
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最初に入った地区の自治会の集会所です。午後、ここの畳を搬出しました。水に濡れた畳は大人4人がかりでないと持ち出せません。
この日午前中は一人暮らしのご婦人の家の水没した家財道具の搬出と、部屋の掃除です。同じ市内にいる娘さんとお孫さんが手伝いに来ていました。
午後は隣家の家財道具の搬出でした。作業をしている向かいの家では、腰にコルセットをまいたご主人が息子さんと2人で濡れた畳を搬出していました。
手伝ってあげたかったのですが、作業は現地の自治会長さんの指示で動くので、歯がゆいのですが勝手に手出しはできません。
この辺、改善の余地がありそうです。
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各々の家の前は、運び出された家財道具が山のように積まれています。
水没したものはすべてゴミとして廃棄されるようです。
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帰ってくると、持ち帰った資材を洗浄、長靴を洗い、手洗い、うがいして解散です。
隣の武道館内の水のシャワーが利用できます。結局、3日間水のシャワーで通しました。夏でよかった…
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災害ボランティアセンターが置かれている三段池公園は町の中心部から3kmほど離れている小高い山の上にあるのですが、風景は抜群です。
ただし、街中への買い出しは、徒歩で往復2時間半ほどかかります。本部の人々は、ボランティアは車で来るものとばかり考えていて、
遠方から電車と徒歩で来る者のことは全く考慮に入れていません。テントを張れる場所を尋ねたら、山奥のけもの道を通って行く場所を教えられ、テントは断念しました。
この辺も、岩手県の雫石町とは雲泥の差です。
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前日は、街角に山と積まれた家財道具をゴミ収集車に投入する作業を一日しました。かなりハードな作業だったのですが、カメラを忘れて記録できませんでした。
この日の作業は軽作業で、庭の駐車スペースを広げるため、鉢植えの植木を片隅に丁寧に寄せる作業でした。一区切りついたところで雨が降り出し、雨宿りしながら、
お宅のご主人とあれこれ話をしました。一緒に作業した相棒は、ボランティアが初めてとのことで、お天気といい、作業内容といい、物足らなさそうでした。
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休憩所になっている地区の児童館に戻っても雨は降りやまず、結局この日の作業はお昼で中止になりました。
朝のボランティアセンターでは、長崎県の島原市から来たボランティアバスがありましたが、せっかく遠路来てくれたのに残念なお天気でした。
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水没したのは街の中心部です。
お城の周辺の地名には、内記一丁目、内記ニ丁目、内記三丁目との表示がありました。
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土砂降りだったのは昼前の1時間ほどで、午後はほとんど上がりました。
この日、いつも岩手県でのボランティアで顔を合わせるSさんとNさんと顔を合わせました。この日が作業最初とのことでした。
今日は作業が早く終わってしまったので、この後どうするか思案しました。
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次の日帰る予定にしていたので、このまま福知山にとどまっていてもすることも無いので、とりあえず京都に向かいました。
といっても、何をする当てもなく、遊んで散財する気もないので、ひとまず八坂神社にお参りしました。参拝客はとても国際色豊かです。
祇園の街は、つい数時間前の被災地からは想像もできない華やかさです。
そのあと、四条河原にでて、対岸の喧騒を眺め見ながら休息しました。
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京都駅始発の電車で帰路に着きました。
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