平成26年 災害ボランティア活動

丹波市 豪雨災害


 平成26年8月16日から、京都府福知山市と隣接する兵庫県丹波市内各地に被害が発生しました。
 8月19日から9月10日まで間の数日、福知山市と丹波市で活動した記録です。
 また、今後の支援のためのリンクも掲載しました。



丹波市市島町

 兵庫県丹波市は6つの町が合併して丹波市となりました。そのうち、京都府福知山市に接する市島町が町全体いたるところ崖崩れなどの被害を受けました。




行程(往路): 自治医大駅~戸塚駅~熱海駅~興津駅~浜松駅~豊橋駅~大垣駅~米原駅~京都駅~園部駅~福知山駅~市島駅

行程(復路): 市島駅~篠山口駅~尼崎駅~京都駅~米原駅~大垣駅~豊橋駅~浜松駅~島田駅~熱海駅~戸塚駅~自治医大駅

 普通列車(鈍行)での旅は、10回乗り換え、およそ14時間ほどかかります。
富士山がちらりと見えました。 


 ボランティアセンターでの出発前の風景です。
初めての場所なので、どんな様子かうろうろしていると、見覚えのある人と出会いました。先方もこちらに気づきました。福知山市で一緒に作業した大阪の方です。 今回は数人の仲間と一緒に来たそうで、中にはパキスタン人の方も参加していました。団体と個人は別なので、先に出発していきました。
 ボランティアの手順はというと、まず登録したのちに、名札を付け(ちぎった粘着テープにマーカーで名前を書くだけです)、待機場所の椅子に順に腰を掛けて待ちます。 スタッフが行先別に人数を募り、集まった順に、行先別の要請人数のグループに分かれます。 そこで用紙に名前を記入し、リーダーを決め(ドコモの携帯を持っている人優先-電波の関係です)、バスに乗り込んで活動先に向かいます。
 登録は1回だけです。福知山市では毎日登録していました。スコップなどの資材も現地に搬入してあるとのことで、とりあえず移動するだけです。

 今回の作業先は個人家庭宅でしたので、写真撮影は控えました。午前中は、縁の下に入ってこびりついた泥の掻き出しです。 グループの中には、同じこの地域で被害にあわなかった方も参加していて、そのお宅の方と顔見知りらしく、あれこれねぎらっていました。
 派遣車両がたくさん来ています。午後は製材所の倉庫の中に流れ込んだ泥と泥水の掻き出しです。竹藪の脇でしたが蚊は少なかったのですが、マムシがいました。


 活動終了後、手洗い、うがい、長靴の洗浄をしたら、グループはそこで解散です。
 この日は、関西風おでんと白米の炊き出しがありました。 



 ボランティアセンター内の掲示版には、東北からの寄せ書きもありました。
 丹波新聞は地元の新聞です。 

 「宿泊できます」ということなので、すぐに申し込みました。
 左が宿舎のあるライフビア、被災者の方々の避難所になっています。その一角の会議室が宿舎です。その次がシャワーのある愛育館、温水シャワーでした。 

 前夜、夜明け前、ものすごい雨で、避難を呼びかける警報が何度も出されていました。実際、夜中に何人かの方が隣室に避難に来ていました。
 その影響もあって、今日の作業は中止になるだろうと判断したボランティアの団体のキャンセルが相次ぎました。ホワイトボードに横線のあるのがこの日のキャンセルです。 


 この日の作業後の風景、酒蔵の倉庫周りの泥掻きでした。
 この日現場には、数十人が入って泥掻きや器具の洗浄などをしました。酒蔵の製造部長(杜氏さん)も大喜びでした。 

 帰りのバスから見たごみ集積所。
 大きく分類されています。 


 宿舎で知り合った大分から来たボランティアの方の車に同乗して、隣の福知山市の入浴施設に行ってきました。活動後、希望者には無料入浴券が支給されます。
 途中の道路に崖崩れの跡があります。現在も丹波市市島地区は至るところ迂回路になっています。 



 前日の活動の休憩時間に、広島でも県外からのボランティアを受け入れ始めたと聞いたので、早朝、荷物をまとめて出発しました。 ですが、途中神戸近辺で広島の状況をチェックすると、県外からのボランティアは、10人以上の団体に限るとのことで、急きょ引き返してきました。
 廊下で寝ているのは、運営スタッフに参加しているボランティアです。 宿舎としている会議室が消灯しているので、明かりのある廊下で翌日の予定をチェックしているうちに、疲れて寝入ってしまったものと思われます。 一般ボランティアは、現場から戻るとすぐ解散ですが、スタッフは夜10時ごろまで打ち合わせなどの用事があるようです。 茨城県の取手市から来たボランティアも、スタッフとして活動して同じ宿舎に宿泊していましたが、戻るのは夜遅くでした。


 前日からボランティアの宿舎が、ライフビアからボランティアセンターの2階の会議室に移動になりました。
 一昨日は5人ほどだったのですが、昨夜は2グループが入り、20人ほどの宿泊がありました。


 この日の現場は、山際の民家の裏山の崩れてきた土砂を土嚢袋に詰めて、林間に土留めを作る作業でした。 下左の写真は被害のない斜面ですが、その右の写真のように家のすぐ裏まで土砂が斜面を覆っています。
 保育園児がお絵かきした土嚢袋が何枚もありました。

 保育園児がお絵かきした土嚢は、せっかくだから土留めの一番上に積もうということになりました。家主の意向です。


 この家のすぐ裏には、ヒバの巨木があり、地の神様が祭られていました。
 作業の最後に、みんなで手をつないで、「この木なんの木・・・」を合唱。

 この日までのボランティアの集計です。






 この日はかなり被害の大きかった地区の、重機の入れない場所での土砂の掻き出しです。30代の元気のいい若手2人と、60代の4人のチームでした。
 屋内のほうは、6・70代のチームなのですが、小柄でも慣れているのかネコの扱いは巧みで、家の中まで入り込んだ大きな岩を上手に搬出していました。

 ボランティアの数も日ごとに少なくなってきています。
 もう全国には報道されなくなってきているのかもしれません。

 その日のボランティア活動が終了すると、希望者には入浴券が支給されます。
 ところが、どこも車で10km以上離れたところにあり、おいそれと自転車では行けません。 ちょっと買い物の用事もあり、この日思い切って隣町の国領温泉「助七」まで行ってきました。


 青春18きっぷが1日分余っているので、仕事関係の用事を兼ねて金沢まで行ってきました。途中、敦賀駅でトワイライトエクスプレスに遭遇しました。 2年前、青森駅で会って以来の再会です。青春18きっぷとトワイライトエクスプレス、対称的な旅ですね。
 帰りは舞鶴線経由、往復14時間の行程でした。 



 1週間ほどお世話になったボランティアセンターを早朝出立します。
 帰りは大阪回り、途中京都駅での電車の待合せの時間に食べ物の買い出し。 
 自治医大駅に着いたのは午後8時少し前。土砂降りの雨がお迎えでした。















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