行動し、考えるためのヒントについて

陸前高田 3月11日


 西暦2011年、平成23年3月11日に、東北地方太平洋沖で、大規模地震が発生しました。
 そのときから今に至るまでの経過と行動を振り返って、これからからどうするかを突き詰めて考えてみました。
 基本的な考え方は、被災者が生活を再建しようとするとき、食い扶持を稼ぐための雇用が確保されている社会を維持していくためには どうしたらよいのかというところにあります。

3月10日~12日
















震災から5周年、陸前高田でのイベントの手伝いをしてきました。

1日目: 自宅~花巻~陸前高田(泊)
2日目: 釜石市鵜住居~大槌町~大船渡~陸前高田~石巻(泊)
3日目: 石巻~帰宅


昨年は、青春18きっぷを使っての旅でしたが、
今回は宿泊を車中泊とするため、車で一般道主体のルートで行きました。

自宅発
  08:15
白河イオン 休憩
  10:30-11:15 :45分
道の駅 安達 休憩
  12:45-13:20 :35分
岩沼 
  15:05-15:22 :17分
矢本P 
  16:40-16:47 :7分
気仙沼 給油
  18:37-18:47 :7分
陸前高田 到着
  19:15
10日夜は、陸前高田市内のコンビニの駐車場の片隅で車中泊。ぐっすり眠れました。
翌11日の午前中はゆかりの被災地を巡礼して回ることにしました。
まずは釜石市鵜住居を目指します。防災センターのあった場所です。

釜石市鵜住居の防災センター跡の追悼施設に行こうと思ったのですが、
嵩上げで埋め立てられていました。
そこで大槌町へ向かおうと信号待ちしていると左手に「追悼式場」の看板があります。
左に折れて進んでいくと、寺院と追悼施設がありました。


追悼施設の中には献花のための生花の用意があったので、献花して記帳してきました。

その奥に寺院があり、今まさに追悼の法要が執り行われようとしているところでした。

大槌町の役場跡にある追悼施設でお線香をあげてきました。

三陸鉄道南リアス線吉浜駅、吉浜港付近もきれいに整地されていました。

越喜来の浜にあった私製の震災博物館を訪ねたのですが、すでに取り壊されていました。
代わりに、シェリーの家があったので拝見してきました。

大船渡駅近くにあった自治医大卒業生の石塚医師のクリニック跡を訪ねてきました。
2年前に訪ねた時の記録はこちらです。
大船渡プラザホテルは近くに建て替えられ、ホテル福富も建て替えられるそうです。

石塚クリニック跡はすでに嵩上げされ、正確な位置はわからなくなっています。
すぐ脇の水路も拡幅されていました。

昼も過ぎたので、近くにある大船渡屋台村でわかめラーメンを食べました。
天使の森というお店でした。

イベントの手伝いのために陸前高田に戻ってきました。
ここは消防団の屯所があったところです。

震災で亡くなった消防団員の方を追悼して元の仲間の方々が中心になって催すイベントです。


イベントの準備作業に入ります。
昨年よりかなり少ないので、私一人でも足しにはなりそうです。

そうこうしているうちに被災した時間が来ました。
拡声器からの合図でみな海に向かって黙祷しました。

遠くの山が削られ、広い面積が嵩上げされされました。
平坦に見えますが、10m以上の高さがあります。

生徒や児童が絵付けをしたガラス瓶に灯りがともされます。

暗くなる前に、ろうそくが点くかどうかテストをしています。
ろうそくの芯がなくて点かないキャンドルが結構あります。

日が暮れてキャンドルやイルミネーションに灯りがともされました。

輝(ひかり)の花が点灯しました。
「高田に輝(ひかり)の花を咲かせよう」がこのイベントのタイトルです。

終了時間の8時30分になり、みんなで記念写真を撮ろうと「輝の花」のキャンドルに集合です。

こんな感じです。
今年は風もなく、お天気に恵まれ心温まるイベントになりました。

会場は12日も実施するので、簡単な片付けをした後、午後9時過ぎに陸前高田を発ちました。
およそ2時間半走って、石巻市の道の駅「上品の郷」にたどり着きここで車中泊。
翌朝は晴天です。この道の駅には温泉保養施設 「ふたごの湯」があるのですが、
湯につかって疲れが出るといけないと思い、すぐに栃木に向かって出発しました。
車は後部座席を片寄せてゴザを敷いてあるので体を伸ばして熟睡できます。
連日、活動し続けて疲れ切っていますが、眠気に襲われることもなく午後7時前に帰宅できました。

戻る